●明石元二郎(1864:元治1〜1919:大正8)


明治・大正期の陸軍軍人、福岡藩士明石助九郎の次男。
1889年陸軍士官学校(旧6期)を経て、1889年陸軍大学校を卒業。
日清戦争に近衛師団参謀として従軍。参謀本部員としてフランスやロシアの公使館付きとなる。
日露戦争中はストックホルムでロシア国内の諜報活動、撹乱工作にあたった。
(本願寺からの資金援助でレーニンの買収に現在の金で100億円を使ったとの説もある)
1908年韓国駐疹(ちゆうさつ)軍参謀長,憲兵隊長,1910年韓国駐疹憲兵隊司令官として
朝鮮の義兵闘争鎮圧を指揮。併合後の朝鮮支配の基礎となった憲兵警察制度の原型を作った。
その後、参謀次長,第6師団長をへて1918年台湾総督となったが,任地で病没した。
          


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