佐伯作品 真贋論争の中 公開
武生 油彩画5点 修復終え
    武生市は、寄贈を受けた、故佐伯祐三画伯の未公開の油彩画5点を25日開いた
市会全員協議会で初公開した。佐伯画伯は大正から昭和初期に活躍した日本洋画界を代表する
画家。
   寄贈主は、画伯と親交が深かった精神科医、故吉薗周蔵氏の長女で主婦の明子氏(50)
= 岩手県遠野市。8月に市に対して寄付届が行われ、京都市内の専門家に依頼、修復作業
を行っていた。
   今回公開された作品は、去る9月に亡くなった匠秀夫茨城県立美術館長が作品名を命名した
という仮タイトル
「町並み」 「モランの風景」 「広告塔のある街角」 「建物」 「赤い屋根の家」
いずれもパリで制作されたと見られる15号サイズ1点、20号サイズ4点。
   寄贈総数は、油絵37点38面。市では旧公会堂の一部を佐伯祐三記念美術館とし、来秋の開館
を目指している。全協では小泉市長が、さらに作品11点の買い取り予算の計上、さらに
選定委員会の設置を12月市会に上程することを明らかにした。
   佐伯と周蔵氏との交流についての研究は、故匠茨城県立美術館長が進め、「佐伯祐三の
『巴里日記』」と題して出版する目前までこぎつけていた。現段階では、明子氏が所蔵する日記、
油絵など佐伯の未公開品は美術専門家の間で、ようやく研究の緒に就いたばかりにあり
、 評価は今後の研究成果にゆだねられている。今回の寄贈作品については美術界で真贋
論争があり、全国からも注目を集めている。
   佐伯は、明治31年大阪に生まれ、30歳の若さでパリ郊外で亡くなった。パリでヴラマンク、
ユトリロらの野獣派の巨匠の影響を受けながらも、パリ裏街の店先や広告などを素材に選び、
量感あふれる、激情的な作風を確立。生存中既に若者から人気を博し、死後も、画家としての
純粋さを追及してやまない壮絶な生きざまとともに、一段と名声を高めた。


贋作ならば修復断った
5点の修復に当たった「アトリエ杉浦」杉浦勉氏(京都市左京区)の話
   佐伯祐三の作品は20点近く修復しているが、武生市に寄贈された作品は人の手が加わって
いない、うぶな状態で保存状態はよかった。これまでの佐伯の公開作品はいずれもアトリエ
で再構築されたものばかりだったが、武生市の作品は路上で描かれたもので、路上作品は
今回初めて世に出たことになったという点で貴重だと思う。私は贋(がん)作を持ち込まれて
修復したことがない。今回も贋作の疑いがあるなら修復を断っている。




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